少女マンガ名作選作品リスト

担当者:飯塚  作成日:2000/12/20

作 品

さよならなんていえない 

作 者

小椋冬美

コミックス

りぼんマスコットコミックス全3巻、集英社漫画文庫全2巻

初 版

@ 1983年 6月20日 A 同 9月19日 B 同 12月17日 

初 出

「りぼん」昭和57年 9月号 〜 昭和58年10月号 

登場人物:
惣領 麻美、矢野 隆生、広重(矢野の幼なじみ)、叶 エリ子(矢野の従姉妹)、ジー、惣領 十三(麻美の祖父、画家)など

あらすじ:
 惣領麻美は祖母がイギリス人のクオーター。ちょっとエキゾチックな魅力の高校2年生。画家である祖父・惣領十三の影響もあり、美術部に所属し、油絵を描いている。
 麻美の祖母は、亡くなるまで一度たりとも泣いたことがないと家族の間では言われているが、麻美は幼い時に一度だけ祖母の涙を見たことがあるように記憶している。自分に似ていると言われる気丈な祖母を、つい意識してしまう。19歳で異国の地に祖父を慕って嫁いできて、亡くなるまで一度も故郷に帰らなかった祖母は、果たして幸せだったのだろうか。そのことが気になって仕方が無い。
 校内で人気のある矢野隆生との出会いは最低だった。美術部の幽霊部員・広重を探しに美術室に入ってきた矢野に、理由も無く髪にガムをつけられたのだ。後日、理不尽な行為のお返しとばかりに矢野の髪を思い切り引っ張る麻美。髪にガムをつけても謝りもしない、しかも仕返しをしても何食わぬ顔をしている矢野に、麻美は腹が立ってしかたがなかった。(C)飯塚
 そんな頃、麻美は美術部の卒業生の沢村に交際を申し込まれる。落ち着いていて好感の持てる相手だったが、恋とは違う、そんな気持ちを麻美は拭い切れないでいた。
 ある日、道端で不良に絡まれていた麻美は、偶然通りかかった矢野に助けられた。そのままなんとなく、麻美は矢野とライブハウスに行った。そこでは広重がヘタクソなバンドをやっていた。広重は、矢野がボーカルに入ってくれればもう少しマシになるんじゃないかと麻美に話す。何にも興味を示さない、醒め切っている矢野を幼なじみとしてどうにかしたい、とも。しかし麻美は、少なくとも自分を助けてくれた矢野は、「何にでも無関心」ではなかったと思う。矢野の本当の姿が気になる一方、矢野に会えば喧嘩になる麻美だった。その後矢野は、麻美とのつまらない意地の張り合いから広重達のバンドに入る事になった。しかも麻美の鼻を明かす事ができたら、即座にバンドを辞めるつもりでいると言うのだ――。

コメント:
 小椋冬美が「りぼん」でデビューした時、それはちょっとしたセンセーションだった。その頃の「りぼん」の主流と言えば、陸奥A子、田淵由美子、太刀掛秀子らの描く、ほのぼのとして、どこかのどかな作品だった。そんな中に小椋は、ロックと雑踏と香水の香りをもたらした。それは新鮮で刺激的で、当時の「ちょっぴり大人の世界を知りたい読者」には大いにうけた。
 確かに小椋は、初期作品では当時「りぼん」で主流であったものの踏襲であったし、その後作品を重ねるうちに、スタイリッシュでビジュアル的な作品に傾倒していった。そんな小椋作品の中にあって、丁度、小椋の作風が確立されつつあった頃に描かれた事もあってか、この「さよならなんていえない」は突出していると言えると思う。当時のオーソドックスなストーリー展開ではあるが、内容はかなり現実的だ。それまでの少女マンガに多かった「片思いの甘い世界」を描くのではなく、ほろ苦い恋の自覚とそれに伴って自分自身を真っ正面から見詰め直す少女の姿が描かれている。小椋にとっては珍しく単行本で3冊に及ぶ長さである事もあってか、主人公の麻美の微妙な心の動きが丁寧に描かれている。
 見た目とは裏腹に気が強くて竹を割ったような性格の麻美は、ルックスはいいけど、無気力で、無表情で、ひねくれた性格の矢野が気になって仕方がない。それは矢野の方でも同様で、何かにつけおせっかいを焼いてくる麻美が気に食わない。会えば必ず喧嘩になってしまう二人。麻美は矢野に苛立つと同時に、そんな自分自身にも苛立っていた。矢野との関わり合いで悶々とする一方、画家である祖父とイギリス人である祖母の二人の生き様が麻美を刺激する。祖母に似ているという自分の中のイギリス、そのイギリスを捨てた祖母、その祖母がたった一度見せた涙、その涙へのこだわり――麻美が自分らしさを求める姿は、真面目で内省的だ。
 嫌いでイライラさせられて会えば喧嘩になるのに気になる相手――そんな相手を意識して、自分とのやり取りを反芻して、自分自身を見つめて、やがて実は相手に惹かれていることに気づく――それが、せつないまでに丁寧に描かれている。「好き」と自覚する前の少女の微妙な心の動き、時には癇癪を起こしたり、時には落ち込んだり、そんな感情の起伏を描き、その中で「自分らしく生きる」ことを探し、自分自身に素直になって、自分の本当の気持ちにたどり着く。
 この作品の登場人物たちは麻美に限らず、見た目はどうであれ、かっこよく生きてはいない。それぞれが不器用で真面目で、自分自身に正直であるように、あるいは正直になって、相手にも本気を求め、意地の張り合いは本音と本音のぶつかり合いになり、結果として歩み寄りにつながる。麻美と矢野、矢野とバンドメンバー達、それぞれの気持ちが通うようになる過程は、しみじみと心に染み渡って来る。

 この作品にみられるような丁寧な心情描写を描きあげられた小椋が、なぜこの作品以外では形式的で視覚的な手法に走ってしまったのかを考えると不思議に思える。小椋作品の魅力は、決してファッショナブルなスタイルに終始するものではないはずだ。心情描写を故意に避けて、事象を描くことを主としているかのような最近の作品を読むと、どうしても他愛無い内容で完結してしまっているように感じられるのは気のせいなのだろうか。派手で自由気ままに生きているかのようで実は孤独で寂しがりや、というような主人公を据えた、あっさりとした都会的な作品を生み出す道を選んでしまった小椋だが、この作品のような青臭く熱っぽい世界も実は持っていた事をマンガ好きの皆さんには知って欲しかったのが、今回この作品リストを書かせてもらった動機である。(C)少女マンガ名作選
 私は連載で読んでいた為か、今読んでも違和感無く、なつかしくせつない思いで作品に入って行ける。大人になってから初めて読むとどうなのだろうか。しかし、小椋作品をどれか読んでみようと思っている方なら、ぜひこの作品を読まれる事を勧めたい。私にとっては、この作品が小椋の代表作であり、最高傑作なのだ。

 

 

  No.62 小椋冬美『さよならなんていえない』掲示板過去ログ


No.124  小椋冬美『さよならなんていえない...』
投稿者:飯塚 - 1999/07/21(Wed) 02:30

“清原なつの”の書き込みをした時に、等身大の主人公に共感した作品は20年経った今では読む気がしない、なんて書いたのですが、この作品を見つけた時はつい買ってしまい、しかも読みふけってしまったのでした。

ご存知の通り、小椋冬美は「りぼん」で活躍していた漫画家で、その後ファンの成長とともに青年誌やレディース誌に活躍の場を移して行きました。いつからか「ファッショナブル」とか言う形容詞が付くようになり、すました感じを受けるようになっていたけど、この作品はもっと素朴で素直に読めます。勝ち気で意地っ張りな主人公の少女とどこか冷めた感じの少年の、じれったい関係を描いた作品です。傑作!と言うわけではありませんが、しみじみとした情感が心地良いです。

考えてみると、あの頃は漫画を読んで自分の近い将来を思い描いていたようです。漫画には「憧れる将来の自分像」なるものがあったように思えます。そう言えば妙に"16歳"にこだわっていました。実際にその年齢になった時は少しショックでした。昨日までの自分となんら変わりはなかったわけですから(当然ですよね)。最近の少女漫画はほとんど読んでないけど、身近なテーマの作品って減ってきたように思われます。



No.264 小椋冬美『さよならなんていえない』
投稿者:飯塚 - 2000/12/20(Wed) 03:16

 小椋冬美が「りぼん」でデビューしたのは多分70年代の終わり頃で、丁度「少女マンガ」が変わり始めていた頃だったと思う。とにかく小椋冬美のマンガに出て来る人物の服装がおしゃれで派手なのが人気のもとだったようにも記憶している。今振り返ってみると、既にくらもちふさこも同じような理由で「別冊マーガレット」で人気を得ていた(路線は違うけど)から、少女マンガ全体が大きな転機を迎えていたのかもしれない。服装が変われば、話の舞台も学校から街中へと移る。それまで子供は行ってはいけないと言われていた場所がマンガの舞台になれば、内容も変わる。手が届きそうな大人の世界の入り口が見えて、夢物語が現実味を帯びる。いずれにしても、この頃から少女マンガはそれまでの枠を超えた読み物に変貌し始めていると思う。

 小椋冬美は圧倒的に短編が多い。しかもあっさりとした話が多くて、そっけないくらいで、それが「良さ」と言えばそれまでなんだけど、「さよなら??」は、そんな中で小椋の本音の作品だと思う。・・・青臭いです。意地を張り合ったあげくに、雨が降る中、怒りに任せて傘で噴水の水をすくって掛け合うんですから。



No.265 くさくなかったです?
投稿者:堀川@管理人 - 2000/12/22(Fri) 00:00

 彼らの書くものって、どこか照れくさいようなくささがなかったですか?
 あれ描いてる本人がちょっと照れてるのかとも思いましたけど、どうなんでしょう。
 等身大の少女たち、という気がしなくもないんですが、たぶん「優等生組にはこんな人はいないだろう」という種の等身大ですね。だから優等生組には共感を得られなかったが、そうでない人たちには大いに共感を得た作家の一人というイメージがあります。(おぼろげな記憶を元にすれば…)
 だからファッショナブルで派手でも許されたのかもしれません。
 ファッショナブルで派手ではありませんでしたが、松苗あけみにもそんなイメージはあります。



No.266 照れながら描く、かぁ
投稿者:飯塚 - 2000/12/25(Mon) 00:43

小椋冬美は、どうなのかな、そうなのかな?
多くの作品は、本音を隠して描いているような印象なんだけど、つまりはそういう事なのかも。「さよなら」だけは、ふと本音が見え隠れするようだと思ってます。
「優等生組には共感を得られなかった」というのは、私も当たってるように思います。やっぱり見た目は派手でも、根底にはそれまでの(「りぼん」の)マンガに多かった「ぱっとしない気の弱い女の子」がいたりするようです。
 松苗あけみは照れながら描いている印象、ありますね。

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