堀川成美の世界少女マンガ名作選特集・竹宮恵子

担当者:飯塚  作成日:1999/7/1

作   品

 風と木の詩

コミックス

 フラワーコミックス(全17巻 小学館)
 白泉社文庫(全10巻 白泉社)他

初   版

 小学館フラワーコミックス「風と木の詩」第1巻 昭和52年5月20日

初   出

 週刊少女コミック(小学館)昭和51年第10号より連載

登場人物

 
 セルジュ・バトゥール:主人公。14歳。真っ直ぐな気性の少年。。
 ジルベール・コクトー:主人公。14歳。孤高の美を誇る少年。
 オーギュスト・ボウ :ジルベールの叔父。
 ボナール      :彫刻家にして男色家。オーギュストとは犬猿の仲。
 パスカル、カール他 :学院でのセルジュの友人たち。
 パトリシア     :パスカルの妹。セルジュに惹かれる。
 アンジェリン    :セルジュの従姉妹。セルジュに恋する。
 ロスマリネ     :学院の生徒総監。
 ジュール      :ロスマリネの陰。
 他

あらすじ


 19世紀末の南フランス。セルジュは、父の母校ラコンブラード学院に転入してきた。学院長の部屋へ通されたセルジュは、そこで一人の少年に出会う。その少年こそ彼の人生を大きく変える事になるジルベールだった。寮で彼と同室になったセルジュは、娼婦のような生活を送っている彼をどうにかして普通の少年にしようとする。しかし、彼は肌を触れ合わせる事によって人を測り、また、ありのままの自分を認めない全ての人間を拒絶するのだった。
 セルジュは、かつては父の学友であった教師達や友人達と心通わせて学院生活を満喫する一方、ジルベールに惹かれて行く自分に気づき戸惑う。ジルベールはあまりにも美しく、そして誇り高かった。他人から蔑視されながらも自分を曲げないジルベールに、セルジュは共感せずにはいられなかった。セルジュもまたジプシーを母に持つ為に、蔑視され生きてきたのだ。冬の休暇をパスカル宅で過ごし学院に戻ったセルジュに、憔悴しきったジルベールがベッドを共にするよう懇願する。普段は高慢なのに、彼に何があったのか。躊躇しながらも願いを汲んだセルジュは、肌と肌の触れ合いに不思議な安堵を覚えた。この事実は生徒総監ロスマリネの知る所となり、学院を陰で牛耳る人物、ジルベールの叔父のオーギュスト・ボウに報告される。

*

 マルセイユ、“ケルビム・デ・ラ・メール―「海の天使」城”、そこでジルベールは生まれた。しかし彼の誕生は母親にまで呪われ、5歳まで肉親の愛情・教育を一切受けずに成長した。その後オーギュストに出会ってからは、彼の意のままに育てられ、9歳でボナールに強姦されてしまう。ぼろぼろに傷つき戻ったジルベールには、誇りも意地もなかった。彼を前に、オーギュストは性に汚されて行った、かつての自分を見た。自我の崩壊を防ぐには、より大きな力の支配しかないのだ。自分自身がそれになって、ジルベールを支配する――オーギュストはジルベールを性の相手として扱った。しかし、ジルベールはオーギュストに屈することなく、それを愛と受け取り、より一層自信に満ち輝いた。
 二人はパリに移り住む。社交界の寵児となったジルベールだが、眩しいほどの彼にオーギュストの気持ちは冷めて行くばかりだった。ボナールとの再会、それはジルベールの心の傷を再び開いた。しかし、それにすら打ちのめされる事はなく、開き直るジルベール。そんな彼にオーギュストの手ひどい仕打ちがなされた。ボナールの元へ身を寄せるジルベールだったが、心はオーギュストを焦がれ続けた。ヴァンセンヌの森でのボナールとオーギュストの決闘で決着が付けられ、オーギュストの元に戻った彼だったが、ラコンブラード学院へと転入させられた。ジルベール、11歳の時であった。執筆・飯塚

 セルジュの父と母は、子爵家の跡取りとジプシーの娼婦という関係で、一切合切を捨てて駆け落ちして結ばれていた。セルジュは両親の愛を一身に受けチロルで生まれ育ったが、両親とは3歳の時に死別してしまう。祖父の遺言によって子爵家に迎えられ、跡取りとしての教育を受けるが、正式なお披露目の日に最後の肉親の祖母が他界してしまう。子爵家の財産に目が眩んだ伯母の策略によって、苦境に立たされるセルジュ。しかし使用人達の優しい心遣いによって、徐々に立ち直っていった。父から受け継いだピアノの才能を伯母のサロンで披露する事で、時には救われ、時にはその生まれを辱められる事もあった。子爵家に居座った伯母の娘・アンジェリンとの出会い、そして彼女との交流、子どもらしい日々を過ごす事になる。しかし、アンジェリンの激しいまでのセルジュに対する恋心は悲しい事件を引き起こし、セルジュは全寮制の父の母校に行く決心をする。

*

 セルジュが自分の思いをまだ認めぬうちから、オーギュストはセルジュとジルベールを引き離そうとした。夏の休暇、学院に残っていた二人はマルセイユに呼ばれる。そこでセルジュはオーギュストとジルベールの関係を思い知らされる。二人の関係を知っても、尚、ジルベールをいとおしく思うセルジュだった。ジルベールにオーギュストとの関係を絶つよう試みるものの、ジルベールは承知しない。逆にオーギュストの手に落ちてしまったセルジュは、その事実をジルベールに伝えてしまう。オーギュストが彼を「ペットとして育てた」と言った事をも。オーギュストの元にいては自分が駄目になって行く事に気づき始めていたジルベールは、あれだけ焦がれたマルセイユを後にセルジュと共に学院へ戻った。しかし学院に居ては、ジルベールの渇きは癒されるわけはなかった。渇きを満たせるのは唯一オーギュストだけだったのだ。セルジュは葛藤する。ジルベールに対する恋心を認めつつも、最後の扉を開けられないでいた。――しかし、セルジュは決心をする。ジルベールは、罪を犯してまでも手に入れる価値のある相手だと。やがて二人は身も心も結ばれる。結ばれてしまった二人は、もう、相手を失えなくなっていた。二人を執拗に引き離そうとするオーギュスト。不本意ながらもそれに荷担するロスマリネ。ロスマリネもまた、オーギュストの汚い手管に落ちていたのだ。追いつめられたセルジュとジルベールは、学院を後に、パリへと逃げて行く。――チロルへ行くはずだった。しかし二人の逃亡に手を貸したロスマリネの言葉、「計画通りでは、いずれ捕まる」という言葉にセルジュは計画を変えたのだった。

 パリでの二人の生活が始まった。しかし、それは決して甘美で満たされたものではなかった。ただ美しく存在すら感じさせないジルベール、そして現実を満たそうとするセルジュ。二人のすれ違いが続く中、ストーリーは胸の裂けるような悲劇へと進んで行く――。

コメント

 
 この作品は、セルジュの1年数ヶ月の学院生活の合間に、セルジュとジルベールのそれぞれの生い立ちを描き、二人のパリでの暮らしで終わる。二人の生い立ちのエピソードに至っては、それだけで独立した作品にも成りうるような内容だが、それなくして全体を深く理解する事はできないだろう。舞台も19世紀、南フランス、豊かな自然、マルセイユの海、海に臨む城(「海の天使城」と言う心憎いネーミングそのものがジルベールを象徴しているかのようだ)、片田舎の全寮制男子校、森、そしてパリ、というように魅力的である。竹宮惠子の流麗ながら力強い筆致の描き出す世界は、美しい限りだ。無駄のないストーリー構成で、ぐいぐい作品世界に引き込んでゆく。空想の彼方まで思いを馳せ、堪能させられてしまう。
 この作品を初めて読んだのは10代の半ばだった。どんな印象だったのか、はっきりとは覚えていないが、人は誰でも性の前に泥臭く汚れて行く、と言うオーギュストの言葉だけはいつまでも忘れられなかった。少女漫画誌に連載され、読み手の多くは10代の少女だったはずである。衝撃的な内容にも関わらず、連載当時から多くの反響を呼んだ。あれから20年経って、ごく最近全編を通して読む事ができた。少しも瑞々しさを失わないどころか、より一層輝きを放って現れたこの作品の姿に驚くばかりだった。
 セルジュとジルベール、この二人の運命的な出会いと崇高な愛の物語・・・。それがこの作品の素直な感想だった。失った後に心に浮かび来る愛しいその人の姿は、いつも後ろ姿。恋焦がれ、目で追い続けるしかなかった日々。読み終わった時には、切ない思いで胸が張り裂けそうだった。その純粋さに囚われながらも、やがて見えてきたものは人間が生まれながらにして持っている「孤独」だった。どんなに愛し合っていても、決してお互いを本当に理解しあえる事はない、と言う事実。そんなどうしようもない「孤独」を作者は描きたかったんだと思う。
 セルジュは、ジルベールと二人きりで暮らしても失ったものへの未練が捨て切れず、自分が多大な「代償」を支払ったという意識が常につきまとう。結局人間は、誰だって自分が一番大事なのかも知れない。それに対しジルベールのセルジュに対する愛情は無償で、常に刹那的で限界まで愛を渇望する。結局は「普通の人」でしかないセルジュは、そんなジルベールに応えられきれずに悲劇を迎える事になってしまう。愛し合っているのに、二人が満たされる事はない。セルジュの青臭いまでの世間知らずな行いが、二人には妥協も譲り合いもない事を示唆する。二人の純粋さ、それが結局は悲劇を引き起こし、この結末はどうやっても免れない事を読み手に伝える。二人の愛が本物である事が痛いほど伝わってくるから、読み手は胸をえぐられるような思いを受ける。
 また、セルジュとジルベールの二人に代表されるように、作品の中の人物たちは、ことごとく対立する立場にある。オーギュストとボナール、ロスマリネとジュール・・・。ジルベールとオーギュストも対峙する位置にある。ジルベールは強姦されながらも結局は肉体の結び付きを受け入れて、その感触こそが他人を測る唯一の手段になった。それに対しオーギュストは義兄の病的性癖の為に養子に迎え入れられた為、肉体の結び付きは屈辱以外の何物でもなかった。ジルベールにとっては、セルジュにしてもオーギュストにしても相容れないものを持つパートナーだったのである。
 20年前のあの時は、まだ知らぬ性の世界を暗示するだけだったのに、今は現実をなんと克明に写し出す鏡になっていることか。倒錯的なまでの性の世界、究極の愛の世界を描いていると言う事実にも増して、鮮やかに「現実」を描き出している事は否めないだろう。
 この作品に限らず、作者竹宮惠子は「人間としての魅力」を語ろうとする。それは既製のヒューマニズムにのっとった考え方ではなくて、性別も年齢も関係なく、如何にその人が魅力的であるか、見た目の美しさひとつをとっても、女性だからとか男性だからとかいう概念を抜きにした美しさ、社会的に受け入れられなくても美しいものは美しいという美しさ、そう言った「価値」を抜いた魅力、絶対的な魅力を認めようと語り掛けてくる。ジルベールはそれを具象化した存在だと言えるだろう。彼の特異な生い立ち、実験的な存在まで言及せずとも、彼が女性ではないこと、女性ではないのにセルジュの魂が惹かれたこと、それだけでも十分説明がつく。セルジュ自身も作中で自分に問い掛けている。男女が惹かれ合うのは言わば本能のなせる業だが、ではなぜ男性であるジルベールに惹かれてしまうのか?男性なのに、なぜジルベールがセルジュを引き付けるのか?この作品が少年同士の愛情の物語に成らざるを得なかった理由がここにある。(C)少女マンガ名作選

 ストーリーに何よりも心が奪われてしまうが、この作品がマンガであることを確認しておきたい。この作品はマンガと言う表現方法を使わなければ、これほどまでにすばらしい作品になり得なかったのではないか。小説では、読み手の空想の余地がありすぎて、作者の意図がまっすぐに読み手に伝わらないかもしれない。映像が伴うと、かえって下世話な印象を与えたと思われる。マンガだからこそ、ジルベールの美しさを見たままに素直に認められるし、色や音、動きは読み手の想像に任されてくるのだ。(余談ですが、安彦良和氏が監督してアニメを作成したのに、売れ行きははかばかしくなかったようです。きっとアニメ自体の出来の問題以前に、アニメにしてしまうと、それはもう別の作品になってしまっていたからだと思います。)

 

 

 

  No.2 竹宮惠子『風と木の詩』 掲示板過去ログ


No.277 

Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:堀川@管理人 - 1999/05/22(Sat) 18:28


 (前略)「風と木の詩」も何かの映画のイメージと似ている(映画の題名は忘れてしまいました、すいません)と、某テレビ雑誌の短評欄で読みましたが、映画もいろいろとも観ていらっしゃるんじゃないでしょうか。
 マンガ家さんは基本的に勉強家でないとできませんね。(竹宮の映画は趣味という気もするけれど)



No.278 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:飯塚 - 1999/05/24(Mon) 01:42

それは、もしかしたら「アナザ・カントリー」なんじゃないでしょうか?15年位前の映画で、イギリスかフランスが舞台で、美少年と言うよりは美青年の同性愛ものでした。でも、雰囲気似てたかな〜?「某テレビ雑誌の短評欄」だったら、それだけの理由で「似てる」と言いかねないかも。全体的に褐色のイメージの静かな映画でした。あまり印象に残ってない。



No.279 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:堀川@管理人 - 1999/05/24(Mon) 23:27

 いや、映画紹介のコーナーではなかったです。
 「ポーの一族」か何かともイメージが重なるようで、参考にして書いたのでは?とのことでしたから、もっと古い映画だと思います。
 すいません、切りとっておくんでした。



No.280 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:かむ - 1999/05/25(Tue) 21:33

はじめまして、かむと申します。
ひょっとしたら「if……」という映画かもしれません。
イギリスの寮生男子校が舞台の映画です。
つい最近、BSで放送していたのを見ました。確か69年の作品でした。
教室の中などの背景がよく似ていたし、新入りの子が学生同志の用語を覚えさせられていた
ところなんかが似てるなぁ、と思ったのですが……。
ストーリーはアメリカで起こった銃乱射事件(とういよりも60年代の学生運動的かも)
を彷彿とさせられて、似ていませんけどね。



No.281 セルジュの両親
投稿者:堀川@管理人 - 1999/05/26(Wed) 23:35

 「風木」でセルジュの両親のエピソードがかなり長く枚数をさいて出て来るんですが、あれって果たして最初からあの長さで用意されていたものなんでしょうか。
 なんだか私はあれは最初はちょっとのはずが、書いているうちにふくらんでいってあの長さになったような気がします。
 外伝としてわけても全く問題ないような気がします。



No.282 Re: セルジュの両親
投稿者:bonyu - 1999/05/31(Mon) 19:01

確かに、長いですよね。
このエピソードを挟んで、物語の流れもちょっと変わった様な気もします。
ただ、私「風木」を全巻通して読んだのはつい半年前のことなのです〜。(ファン失格!?)
それまでは、なぜか家にあったコミックス8、9、11巻など(確か・・)を飛び飛びで読んでいたため、アスランの章ばかりを繰り返し読んでました。
だから、結構アスランには思い入れがあったりします(一番好きなのはジルだけど)
また、オーギュのこともただ嫌いなだけだったんですけど、ジルベールの子ども時代の話を読んで、少し共感出来るようになりました。
それにしても、「風木」ほど、ラストで胸がつぶれる位切ない思いをした漫画はありません。



No.283 Re: セルジュの両親
投稿者:堀川@管理人 - 1999/06/04(Fri) 23:36

確かに「風木」は連載終了前から名作の評判が高かったですけど、内容が内容だったので、竹宮が好きで読んでみたいという人で、同性愛ものに慣れていない人は、みんな隠れて読んでたような気がします。
 私もなかなか手が出せなかった。(「特集・竹宮惠子」掲示板過去ログより転載)



No.284 Re: セルジュの両親
投稿者:飯塚 - 1999/06/05(Sat) 02:14

「風木」を「同性愛もの」というのには、抵抗があります。そう言っちゃえばそうなのかもしれないけど、ジルとオーギュ、ジルとセルジュ以外の組み合わせは、むしろ虐待とか、自虐行為とか、そういうモノなんじゃないでしょうか?ジルとオーギュの場合でも、元々はオーギュがジルを「支配」するのが目的だったのだし・・・。(結果としてはそうならなかったにしても)。
よく「ジルが女だったら」なんて言われますけど、確かにジルが女だったら、このお話は成り立ちませんよね。ジェンダーを超えての崇高な愛の物語なんだと思ってます。



No.285 Re: セルジュの両親
投稿者:堀川@管理人 - 1999/06/05(Sat) 06:05

 確かに「同姓愛もの」の範疇にくくってしまうのかは問題かもしれませんが、全くそういう系統に触っていないものにとっては、その範疇に入ってしまうような気がします。
 ジルが女だったら、という願いは、作品がすばらしいだけに、男女の恋愛だったらより大勢の人が読んでくれるのに、という意味も込められていると思いますよ。
 受け入れる、入れられない、の個人差ってありますから。



No.288  「風と木の詩」のビデオ
投稿者:さがみ - 1999/07/04(Sun) 01:31

そう言えば最近になって「風と木の詩」のビデオを探してます。昔レンタルして見たんですが、その当時はビデオデッキを持ってなくてダビングできなかった。(今なら買ってもいいな)

最初に見た時は「こっ声がーーー」しか出てこなかった。声の出演は雑誌で知っていたけどジルの声がセルジュより低いなんて!セルジュはのび太くんだし。(いえ、のび太くんが悪いんじゃないけど)なんか想像してたのとずいぶん違ってビックリした記憶が…。
でもオーギュは良かった。その当時、あの手のキャラは当然塩沢さんって思ってたんです。
(最近あまり見かけない…)近頃竹宮ファンになった人にとってはイメージつぶれるかしら?

内容は良かった方だったと思う。なにせ大分前なのであまり覚えてない。(ビデオのBGMのレコードは持ってるけど。イメージアルバムもある。今も時々口ずさむ)
たしか一巻だけでなく、続くはずだった。もちろん一巻で収まるはずがない。なのに未だに出ないのは売れなかったからかしら?続きが見たいーー。

「地球へ…」はアニメ見た事ないんです。「夏への扉」は持ってるけど何故かまだ見てない。

私の他に見た人いますか?ぜひ感想が聞きたいです。



No.289 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:堀川@管理人 - 1999/07/04(Sun) 22:33

…風木のビデオは怖くてみれませんでした。
安彦良和氏が竹宮作品をアニメにするなら、ときかれて「風木でしょう」と答えたそうですが、実際はどなたが作られたんでしたっけ。



No.290 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:さがみ - 1999/07/04(Sun) 23:12

「風と木の詩」のビデオですけど、監督・演出・絵コンテは安彦良和氏です。
作画監督は神村幸子さんです。でも安彦氏の絵コンテのジルやセルジュも良かった。
あれでいってもいい様に思う。(セルジュはアムロだったけど)
私は「風と木の詩」のビデオの資料集みたいな本を持っている。この度久しぶりに読み返していたら、「舞台設定の参考になった映画」なる項目がありました。
どなたかも書かれていましたが「if…(もしも)」と「悲しみの天使」(日本では「寄宿舎」のタイトルで販売とある)「風と共に去りぬ」(ドレスの勉強になったとある)文学では「椿姫」「恋愛論」「恐るべき子供たち」そして「肉体の悪魔」「赤と黒」「狭き門」「車輪の下」「漂白の魂」「デミアン」…文学だぁ。いつか暇があったら読んでみたい気もする。



No.291 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:堀川@管理人 - 1999/07/05(Mon) 22:50

 「if…」だったような気がします。TV雑誌で紹介されていたのは。
 逆に「車輪の下」読んだ時、「あ、風木だあ」と思いました。(本来は逆)
 ジッドなんか読んでても、それは感じます。勉強してます、竹宮氏。(勉強か趣味かはわかりませんが。)



No.292 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:飯塚 - 1999/07/07(Wed) 02:40

>たしか一巻だけでなく、続くはずだった。もちろん一巻で収まるはずがない。なのに未だに
>出ないのは売れなかったからかしら?続きが見たいーー。

白泉社文庫・9巻の解説で安彦氏が書いている事によると、やはり数本出る予定だったようです。本人が「まあまあ」と思うような出来だったのに、売れ行きはいまひとつだったそうです。1本で終わっているのは、その為かも知れません。
ビデオが出ていた事はつい数ヶ月前に知ったのですが、レンタルビデオ屋にも置いてあったとは・・・。恐いもの見たさで見てみたい。(確かに、オーギュが塩沢さんと言うのは納得できますね。)
「地球へ・・・」は、確か初日の第1回を映画館に観に行って(すごい混雑で繰り上げ上映を行った)、がっかりしました。自分のイメージと違ってたのもあるけど、アニメの出来もいまひとつだったように記憶してます。そもそも竹宮作品てアニメ向きじゃないんじゃないのかな?マンガの持つ「雰囲気」が強烈で確固としているから、作る人の解釈が大きく影響すると思うのですが。



No.293 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:堀川@管理人 - 1999/07/07(Wed) 22:49

私は何よりも、映画「地球へ…」で、トォニイがジョミーの子供と言う設定が一番許せなかった。



No.294 Re: 「風と木の詩」のビデオ
投稿者:さがみ - 1999/07/08(Thu) 03:40

トォニイがジョミーの子供?それは許せない。
だいたい漫画と設定を変えること事体許せない。

でもますます見たくなった。



No.302 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:堀川@管理人 - 1999/07/15(Thu) 22:53

作品リストに飯塚さまの原稿をいただきました。
今現在やっと読み返せてるんですが、面白いですねー。(←バカですねー)
当時書く側から分析するなどということをしなかったのに、今読んでみたらすごく色んな設定、理論構成、などなどが見えてきて面白いです。
 竹宮はおそらく心理学なども勉強してますね。舞台設定の1880年代といえばフロイトがまだ世に出ていず、「あ、竹宮苦労してるー」という台詞などもあります。
 もしくはわざとこの年代に設定したのかな?(あと二十年遅ければフロイトは登場しますから。)



No.303 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:飯塚 - 1999/07/16(Fri) 03:53

そうなんです、「風と木の詩」はおもしろいんです!
作品リストでなんやかやと書かせて頂いたのですが、好きな作品は結局は「良い!」の一言に尽きるんですよね。作品アンケートでも今の所は1位をキープしてるようだし、大人になってからまだ読んでない人は、ぜひもう一回読んで下さいね。うーん、少女コミックに連載されてたけど、大人になってから読んだ方が、もっと良さが分かる作品なんじゃないでしょうか。



No.304 風と木の詩の疑問・1
投稿者:飯塚 - 1999/08/05(Thu) 03:21

突然始まった「疑問シリーズ」。のっとりか?いえ、誰かに聞いてみたかっただけなんです。どなたかレス付けて下さいね。

オーギュストの愛について:
作中でボナールが、ジルベールと二人でどこか遠くへ行って暮らせばいいじゃないか、と言ってるのだが私もそう思った。愛しているのか、いないのか、オーギュストの愛は不可解だ。最初の思惑とは違っても明らかにジルベールはオーギュストのものになっていた。パリに移り住み、ジルベールが輝きを増すにつれ気持ちが冷めても、結局は決闘をしてまでボナールから奪い返したりする。なのになぜ、その後学院に閉じ込めてしまったのか。隔離、独占?学院で本当の恋をする事はないとタカを括っていたのは事実だろう。それだけなのか?サディストだから、と結論づければ全て解決出来そうだが、それは安直すぎると思う。続編の「幸福の鳩」を読むと、やはり愛していたと確信してしまうのだが。(疑問・2「ジルベールの愛」に続く)



No.305 風と木の詩の疑問・1
投稿者:さがみ - 1999/08/05(Thu) 04:39

後で読み返してから書こうと思ってんですが、とりあえず今思ったこと書こうと…。

オーギュは愛してると思うけど、はたしてどうか?…それは育児ノイローゼ?
私なんかも自分の子供もちろん好きだけど、時々「こいつがいなければ…」と思うこともあります。かわいい反面憎いというか…。 いきすぎると幼児虐待になる。もっといくと殺してしまうかも!?ニュースで事件があると「つい」「おもわず」
「そんなつもりじゃ」というのを見かけて、昔なら「ついじゃないだろーが!」とおもってたが、今は「そうなのよ…つい…。周りに止める人がいないのね」と思う。

オーギュもそんな感じに近かったのかな?
あっ、でも、ちゃんと読み返します!読んだのかなり前なので、思い違いかも。
では。



No.306 Re: 風と木の詩の疑問・1
投稿者:堀川@管理人 - 1999/08/06(Fri) 00:32

 愛というのは一緒にいると価値が薄れるものだけども、深まって落ちてしまうことには一種人間は恐怖を抱くものですし…。
 でもちょっとオーギュの愛は母の愛というより、「おもちゃ」への執着って感じもないではない。かな?



No.307 Re: 風と木の詩の疑問・1
投稿者:さがみ - 1999/08/11(Wed) 01:37

オーギュ関係だけを読み返そうと思って、アスラン父さんの所を省こうと思い、ぱらぱらめくって確認するつもりが、つい、読んでしまった。そして泣いてしまった。
セルジュがかわいそうで、かわいそうで。
…そして、毎日数冊づつ読んでます。いったいいつになったら終わるやら。



No.308 Re: 風と木の詩の疑問・1
投稿者:森野泉 - 1999/08/13(Fri) 00:30

初めまして!
リンクをありがとうございました☆

オーギュという人は自分が愛された事がなかったので、ジルベールをどうやって愛せばいいのかが分からなかったのだと思っています。誰にも負けない程ジルベールを愛していたのにそれを素直に表現出来なかった、不器用というよりはやはり愛というものを知らなかったせいだと思います。

オーギュを初めて愛してくれたのがジルベールです。だからこそオーギュはどんな手を使ってでも彼を取り戻そうとしたのではないでしょうか?
オーギュって何て可哀相な人なんだ!(TT)

連載当時はそんな事を考えてもみませんでしたけど、やはり最近になって読み返すとまた色々と新しい発見がありますね。

オーギュがジルベールを学院に閉じ込めたのは、世間と隔離して教育を受けさせない為だと思います。
ジルベールを愛に飢えさせ、勉強するどころではない環境に置く…。
学院を卒業する年齢になったら、多分自分の処にまた引き取って成長しないジルベールと一緒に暮らすのがオーギュの夢だったのでしょう。



No.309 Re: 風と木の詩の疑問・1
投稿者:飯塚 - 1999/08/13(Fri) 20:56

>森野泉さん
オーギュの夢なんて、考えた事もなかった。そうかそうか、そうだよなー。愛された経験がないから愛し方を知らないのだろう、くらいには思っていたのですが、学院に閉じ込めた理由がどうしても思い付かなかったんです。妙に納得。するとセルジュとの出会いは正に計算外だったわけだ。

>さがみさん
私もセルジュが好きです。読み返すたびに泣いてます。ジルベールと一線を越えるシーンの数ページ前、責めるよりもなじるよりもその行動故に辛くなる、というところが一番胸にぐっときます。セルジュは10代の頃の自分に重なるんですよね・・・。
あと、私も時々自分の子どもが冬眠でも(夏眠でも)してくれればいいのに、と思うことがありますよ。(そばに置いておきたいので冬眠、というのが卑怯ですけど)



No.310 風と木の詩の疑問・2
投稿者:飯塚 - 1999/08/13(Fri) 20:12

前回はレス付けて頂き、ありがとうございます。気を良くして今回もいってみましょー!
(ちょっと前回のレスにかぶってる所があるようですが、大目に見て下さい)

ジルベールの愛:
(今回はモロにネタバレ)ジルベールは死の直前にはセルジュを思うのだが、その少し前、ヴァンセンヌの森に連れてこられた事に気づいた時には、何も知らなかった頃に連れ帰って、とオーギュストを思っている。それほどまでにセルジュとの恋は辛かったのか。我を通して開き直るのが彼の常套だったが、阿片に侵されている事がセルジュに知られたとき「もう手が届かない」と彼の下を去った。自ら選んだ相手、と言う点がオーギュストとは異なるが、果たしてセルジュ一人を選べていたのか?二人とも(同時に)欲しかったのではなかろうか?(疑問・3「無知の罪」に続く)



No.311 Re: 風と木の詩の疑問・2
投稿者:森野泉 - 1999/08/14(Sat) 23:10

飯塚さん、こんばんは☆

ジルベールはセルジュを愛した為に、セルジュが傷つけられる事を恐れ自分を犠牲にしてまでセルジュを守ろうとしますよね。
それまでのジルベールからは考えられない事でした。それだけ、真剣に愛していたという事になります。

一方、オーギュに対してはその愛しかたは世間一般の常識からは外れているとはいえ、唯一人の肉親としての愛情は捨てられなかったと思っています。オーギュはジルベールにとっては正に保護者であったのではないでしょうか? 世間の荒波から自分を守ってくれる、というよりは彼らにとっては価値のない俗世間といったものから隔てる防波堤のような存在でもあったと思います。

それに、子供が親に甘えたがるのはごく自然な事ですし(^^;

セルジュが日々の生活を支えるのに精一杯で、ジルベールの相手になってやる暇がないのは仕方のない事だけど、ジルベールにとってはひとりぼっちにされるのは何よりも耐えがたい事だったでしょう。

ジルベールがオーギュと暮らしていた方がまだましだったと思ったとしても誰にも責められません(TT)

ジルベールは俗世間で普通に生きて行ける人間ではなかったし、その為の教育は何も受けていなかったですよね。オーギュのように芸術家にでもなってパリの社交界の寵児として生きていければ、長生きできたかも知れないけど、ジルベ―ルはオーギュから「自立」という事を教えられずにひたすらオーギュ一人を頼るように育てられた…これでは、オーギュが死んだらジルベールも生きては行けませんよね。

オーギュは親として子供に教えるべき最低限の義務を教えなかった訳で(^^;
でも一般常識を教えないのがオーギュの世間に対する復讐でしたよね。
その犠牲になったとも言えるジルベールが哀れです(TT)



No.312 風と木の詩の疑問・3
投稿者:飯塚 - 1999/08/18(Wed) 14:12

今回で終わりです。挙げれば結構あるんですけどね。でも、何でもかんでも説明付ければ、それで面白いのかっていうのもあるし。線引きが肝要。

無知の罪:
幼少のジルベールがオーギュストの胸をまさぐる様を見て、執事が「罪と知らずに犯す罪が最大の罪」というような事を言う場面がある。果たして罪と知らずに犯す方が罪なのか、罪と知ってて犯す方が罪なのか ――幼いながらにもジルベールは自分の行いが罪(宗教上)だと知っていたはずだ。オーギュストと暮らすようになってから様々な大人の書物を読み大人の中で育った。ジルベールは決してバカではない。しかしジルベールにとって宗教はどうでもいいこと。その点では、彼は自分の行動に罪の意識はない。他人にとっては罪と知ってても自分はそれを避けては生きていけない事は自明の理なのだ。それでもセルジュと一線を越えるときに彼が言ったのは「罪だよ」の一言だった。
(な、なんだか「疑問」になってないけど、どう思います?レス、付けて下さいね)



No.313 Re: 風と木の詩の疑問・3
投稿者:さがみ - 1999/08/30(Mon) 01:50

>飯塚さん

いつか、いつかレスつけます〜。まだ全部読んでないんです。毎日なんやかんやあって。
ぜひとも、他の人の意見も聞きたくなるような疑問ばかりですな。では。



No.314 Re: 風と木の詩の疑問・3
投稿者:堀川@管理人 - 1999/08/30(Mon) 22:38

 私この間から時に触れて考えてるんですが、まだまとまってません。
 でも認知としての「罪」と、実感としての「罪」との違いかな、とも思っているのですが…。



No.315 Re: 風と木の詩の疑問・3
投稿者:飯塚 - 1999/09/05(Sun) 03:45

ありがとうございます。中間報告まで頂いちゃって・・・。



No.316 Re: 風と木の詩の疑問・3
投稿者:あっこ - 1999/11/16(Tue) 18:09

「無意識が一番怖い」と誰かがいっていたけどそれじゃないですか。ジルベールはほとんど本能的にすべてをもとめていたような。おとなになって男の人が感じるような愛ではなくてそれこそ身近のオーギュという父性へのあこがれ。スキンシップ。つまりは源氏の君のようなエデイプスこうかのあらわれではなかろうか。そういういみではかたちはちがえどセルジュと求める愛のかたちはおなじだったといえるでしょう。



No.319 Re: 竹宮惠子『風と木の詩』
投稿者:あっこ - 1999/11/16(Tue) 18:25

にている映画はレオナルド デカプリオのでてるやつじゃないですか。ところであたしは風と木のアニメのオープニング曲は井上陽水さんの「愛は君」がいいなーと。ねちっこい?でも歌詞みるとジルとセルジュのことっぽいよ。 (「特集・竹宮惠子」掲示板過去ログより転載)

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